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2004年2月9日

No.22  区で一番大きい学校の一番人数が多いクラス・・・ 号

 ほんと、すいません!いや、別に、さぼっているわけじゃなくて・・・。いろいろ忙しくて・・・。え?いつも忙しいじゃないかって?いやはや、全くもっておっしゃるとおりで・・・。1ヶ月以上のご無沙汰で・・・。でもね、何度か、途中まで書いたんですよ・・・。ホント!ホントですって!でも、また、別の仕事が入って・・・ぶつぶつぶつぶつぶつぶつ 

書きたいことはたくさんあって・・・

フ1月8日、始業式、クラス全員がそろって迎えることができました。いよいよ小学校生活最後の学期です。フ学期のはじめといえば、子どもたちにとっては、何がなくても『席がえ』です。早速、学級会で席がえの方法を話し合います。「いつもと同じ、お見合い方式がいいと思います。」というある子の意見に、みんなが賛成します。その時です。すっと挙がる一人の手。そう、学級会の時だけやってきて、いつの間にか早退してしまう、謎の少年、BAKU君。指されるとすっと立ち上がり、じっとクラスを見回すと一言。

 一瞬の沈黙の後、ざわめきが教室にあふれます。

その後、いろいろ話し合いがありましたが、結局「完全自由席」に決定しました。もちろん、自由ですから、男女で隣同士になってもいいのですが、やはり、そんな風にはならず(う〜ん、ちょっとは期待したのにぃ)、教室の廊下側が全員男子、窓側が全員女子・・・という奇妙な教室風景ができあがりました。[ちなみに、この状態で研究授業を行い、指導主事の先生に「なぜ、男子と女子が別れて座っているのですか?」とつっこまれました。]






2004年3月24日

No.23  BGMは、やっぱり、「さくら(独唱)」 号

 今日は、卒業式です。いろいろなことがあった六年間も、今日で終わりです。この学級通信を書いている今はわからないけど、きっと、一人一人が頑張って素敵な卒業式になったことでしょう。

あれから、一年

 4月。この子たちと出会ってから、もう、一年が過ぎようとしています。ほんとに早いものです。★★小と○○小の統合ということで、学校としては、両者が仲良くやっていけるかどうかをとても気にしていました。でも、我々の心配をよそに、子どもたちは、驚くほどスムーズに仲良くなっていきました。
 あれから、一年。今日は子どもたちの晴れの舞台、卒業式でした。子どもたちは堂々と証書を受け取ることができたでしょうか。

卒業を祝う会で・・・

 話は、少し前に戻りますが、卒業を祝う会は、いかがでしたでしょうか。何人かの保護者の方は涙を流してくださいましたが、実は、この「涙」がとても重要なことだったのです。
 ○○フェスティバルで、おばけやしき「赤い部屋」をやるときに、私は、子どもたちに言いました。「やるなら、本当にこわいおばけやしきにしなさい。」単に真っ暗にして恐がらせるとか、後ろからワッとおどかしてびっくりさせるのは、簡単です。そうではなくて、照明やBGMや小道具、大道具をうまく活用して、心理的にこわさを演出するように工夫させました。

 今回の卒業を祝う会で私が要求したのは、「ウケること」と「感動させる」ことでした。ですから、各学年の想い出の寸劇をやったグループは、かなり大変でした。なぜなら、最初から「つまらないものは、バシバシ、ダメ出しします!」と宣言されていたからです。また、放送音楽、照明、司会などの人も大変でした。例えば、

と質問しても、

とか、

と聞いても、

と言われてしまいます。各係には責任者がいます。次第に、その責任者同士で話し合い、それぞれの判断で仕事を進めるようになってきました。

 本番の数日前のリハーサル。私が「ここのところ、照明はそれじゃダメじゃないの!」と注意したら、照明係の子が、「でも、○年生の寸劇グループとの打ち合わせで、こういう風にすることにしたんです!」と反論。私の知らないところで打ち合わせが進んでいたのです。
 最初は、先も見えず、右往左往していた子どもたちが動き始めました。各係の段取りや、寸劇のウケを取るポイントもはっきりしてきました。子どもたちは、いい顔をしています。
 しかし、まだ残された大きな課題があります。それは、「感動させる」ということです。例年、祝う会の最後は、保護者、教員も含め、参加者の全員合唱で終わりになります。しかし、今年は、敢えて全員合唱をカットさせてもらいました。それは、子どもたちが歌う「さくら(独唱)」を最後に持ってきたかったからです。

(つづく)




2004年3月24日

No.24  シクラメンちゃん(♀)も、一緒に卒業 号

 見ている人に笑ってもらいたかった。目を潤ませてほしかった。それには、とても大切な意味があったのです。精いっぱいやることで、人の心が動かされること知ってほしかったのです。

あなたが持っている力とは・・・

 普通、合唱と合奏をする場合、楽器の準備、片づけのことを考えると、「合唱→合奏」の順にやることが多いのですが、やはり、「さくら(独唱)」を最後に持ってきたかったのです。演出上、泣かせるポイントは、ここなのです。
 保護者の方が泣いてくれました。そして、先生方の中にも泣いてくれた方もいました。子どもたち自身、目を潤ませていた子がいました。私が、子どもたちに伝えたかった事は、これなのです。「自分たちが一生懸命やったことで、たった一人かもしれないけど、大きな声で笑い、涙を流すほど、心を揺さぶられた人がいる。」この経験の為に、厳しい言葉も突きつけてきたのです。

−あなたたちには、人を感動させる力があるのです。

最後に伝えたいこと

 昨日[卒業式前日]の5時間目。卒業式当日は、ゆっくり話をする時間がないので、子どもたちに最後の話をしました。
 4年生の時に一緒に△△学園[夏季施設]に行って、『なんて仲のよい学年なんだろう。』と思ったこと。5年生の時に、補教に行ってあなたたちの態度に怒ったこと。6年の最初に男女の席を交換して座らせようとしたこと。それから、あなたたちは、このクラスを自分たちのクラスにするために、本当によく頑張ってきたこと。男子と女子が自然に冗談を言い合いっている姿がとてもうれしかったこと。もし、今、『あぁ、この6年1組でよかったなぁ。』と思えるならば、それは、あなたたち自身が、素敵なクラスに変えてきたんだということ。中学の先輩との関係が恐いと感じているなら、3年間で、中学校自体を変えてほしいということ。それが、決して不可能なことではないということ。小学校のことは忘れてほしいということ。決してあの頃はよかったなぁなんて、昔を振り返ってばかりの中学校生活を送ってほしくはないということ。小学校の時のことなんか忘れるくらい楽しい生活をしてほしいということ。そして、先生は、世界で二番目にあなたたちを愛しているということ。
 短い時間でしたが、子どもたちに、最後にどうしても言っておきたいことを伝えました。

 そして、私が、どうして、卒業式で絶対に泣かないと断言しているのかということについても話しました。それは、卒業式当日、決して涙で声をつまらせることなく、堂々と、あなたたちの名前を呼び上げ、あなたたちを立派に○○小学校から送り出すことが、私の担任としてのつとめであり、あなたたちにしてあげられ最後のことだと思っているからです。

(つづく)




2004年3月24日

No.22  暖かな春の日差しが差し込む教室でした 号

 学級通信もこれが最後です。決して、たくさん出せたとは言えませんが、少しでも、子どもたちの様子が伝わればと、私なりに頑張って書いてきました。 

あのさぁ・・・

 最後に、もうひとつ話しておかなければいけないことがあります。それは、この学級通信のタイトルについてです。『あのさぁ・・・』なんて、なんとも変な題名ですが、これは、ある子が言った一言からつけました。

 4月のある日。放課後、2人の子が教室に残っていました。一人は★★小から来た子。もう一人は○○小にいた子です。2人は、何かの作業があり、残っているのですが、知り合ってまだ数日なので、ほとんど会話がありません。私が、話しかけると、それに答える程度で、またすぐに静かになってしまいます。
 沈黙が続いたそのとき、一人の子が照れくさそうに言いました。

ちょっと、唐突な言い方に、聞かれた子は、びっくりした顔をしましたが、すぐにニコッと笑って、自分の名前を言いました。それから、二人は、私が間に入らなくても、少しずつ話をし始めました。ときおり、クスクス笑いながら、2人で作業を進めていきました。

 このときの光景を見ながら、私は、今、この子たちに必要なのは、『あのさぁ・・・』と自分から働きかけていくことなんじゃないかと思いました。そんな一言が、○○小と★★小の仲を深めていんではないかと思いました。実際、子どもたちは、急速に仲良くなっていきました。また、それは、男女の仲についても言えることでした。

〜 愛しい君たちへ 〜

 スタートは、いつも、誰かの一言から始まります。友達になるときも、悩みを相談するときも、謝るときも、気持ちを伝えるときも、恥ずかしくても、言いづらくても、照れくさくても、その一言を言うことで、道は必ず開けるのです。必ず、あなたのその一言を誰かが聞いていてくれます。

『あのさぁ・・・』

あなたたちと過ごしたこの一年間。
とっても楽しかったです。





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