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20日の保護者会では、来ていただいた方に3つのグループに分かれていただき、それぞれ、次のような話題で話し合っていただきました。
性教育 4年生では、3学期の体育の授業の中に「保健」の授業が含まれています。自分たちの体の成長について学習しますが、その中に、いわゆる「性教育」が含まれています。そこでは、身体ののつくり、発育は、男と女では違うことを学習します。また、性器の名称や月経(生理)についても学習します。
「受精について説明するのか」という質問もでましたが、受精自体については、説明します。ですが、今のところ、性行為については、深く入らないようにしたいと思っています。保護者の方からは、「自然におぼえていくのが望ましい」という意見も出されました。
算数の習熟度別学習 算数のグループ選択の時に、子どもたちにアンケートを採っていますが、その結果を分析したものを紹介し、実際の成績、子どもたちの意欲にどのような変化があったかを説明しました。
話し合いの中では、当初心配された、「差別感」が子どもたちの中には、あまり見受けられないという意見が出されました。また、各グループに人数差があるが、グループ編成があっても大きく変わらないのもよかったとの声もありました。そして、グループ編成時にアンケートがあるのもよいとのことでした。
英語教育 ○○区では、平成○年度から、週1時間の英語学習をやることが決まりました。外国人の先生[いわゆるALT]も、今までの○○スクール[今まで、年に6回ほど外国人の先生が来てくれて英語の授業をしていました]同様、年間数回来てくれる事にはなっていますが、基本的には、担任が行う予定です。先生たちも、英語教育に向けて研修を受けることにもなっていま
す。
まず出されたのが、「教える先生の発音をそのまま覚えてしまうのでは?」という疑問。これについては、今のところ、区としては、CD教材などの利用を考えているようです。また、要望としては、アルファベットくらいはきちんと書けるようになってほしいということがありました。
まだ、先のことなので、現在、区としてどのように対応していくか検討中ですが、学習内容は、国語や算数などの教科と違い、「英語に慣れ親しむ」ということが中心になると思われます。
インフルエンザ流行中!![]() うちのクラスでも、すでに、4人の子が、インフルエンザにかかり、そのほかに発熱で休んだ子もいます。 手洗い・うがいの励行、睡眠・栄養の確保、また、できるだけ人混みに行かないなど、お気をつけください。 |
今、「教育改革」という言葉をよく聞きます。学校教育も大きく変わろうとしています。変化には、混乱や戸惑いがつきものですが、このような中にあっても、子どもたちが「学校が楽しい!」と言えるようなクラスにしていきたいと思う今日この頃です。
今回の授業では、利島の地図や写真を見ながら、疑問に思ったことをみんなで出し合いました。そして、それらの疑問を各班ごとに模造紙にまとめ、国語の「ポスターセッション」の学習と合わせておこないます。
今まで、社会、国語、総合学習などで、何度も、調べてまとめるという勉強はしてきました。
初めてこのような学習をしたのが、3年生の時の総合学習「○○小のひみつ」でした。それぞれグループに分かれ、調べたことを模造紙にまとめました。
このときの私の正直な感想は、「まだ、彼らには難しい」でした。何が難しいかというと・・・。
(1)自分の課題(調べる事柄)が一問一答式で終わってしまう。
例えば、「○○小は火事になったことがあるか」という課題の場合、「火事になったことがある」という答えが見つかると、そこで調べる活動が終わってしまいます。その時の写真を探そうとか、その後どうなったかなど、課題を少しずつ広げていくことができませんでした。
(2)資料を探せない。
先生から、この本を見てごらんと言われると一生懸命にやるのですが、自分たちで探すことができないのです。うちの学校には、「○○小ミュージアム」[古い資料や展示物がある学校内の展示室]という素晴らしい資料室があるにもかかわらず、目の前にある写真や資料をなかなか自分たちの課題に結びつけることができませんでした。
(3)見る人を意識して、まとめられない。
字が小さかったり、文が意味不明だったり、黒のマジックだけで書くなど、「工夫する」という言葉とは、かなり、かけ離れていました。
こう書くと散々のような気もしますが、このような学習は初めてだったでしょうから、別に子どもたちが悪いわけではなく、彼らなりに一生懸命に取り組んでいたのです。私自身の要求水準が高かったのだと反省しました。
このように調べる学習を繰り返して、私が「うん?」と感じたのは、4年生の1学期、国語の「昔のことについて調べよう」という勉強でした。この学習は、昔のことについて調べたことを、個人で作文にまとめるというものでした。
まだまだ、独りよがりの部分もあるのですが、大人の私が読んでも「なるほど・・・。」と思う作文がいくつかありました。また、3,4年合同で行った「遠足のまとめ」や、夏休みの宿題でやった「○○○○学園のまとめ」でも、なかなかの作品が数多く見られました。
そして、4年の2学期に行った社会の「○○○」[近くの川とそこの治水工事を行った人の学習]という学習で、本格的にインターネットで資料を収集して、個人で画用紙一枚にまとめるということをしました。この学習で、子どもたちは、資料集めの難しさを痛感したようです。自分
の課題とぴったりと合う資料というのは、なかなかないということ・・・。膨大な情報の中から、目的の資料を見つけることの難しさ・・・。
インターネットは魔法の箱ではないことを知ったのでした。
正直、驚きました。私が提示した見本をまねしているところも多々ありますが、ものすごい勢いで調べ、まとめ、模造紙を仕上げていきます。「人に見せる」ということを意識して、様々な工夫をしています。色画用紙や、マジックを使いこなし、イラストや写真、見出しにも気合いが入っています。
そして、インターネットを利用した資料集め。自分たちの課題と関連づけて、資料をいろいろな形に加工していきます。パソコン室で調べるだけでなく、少し情報が足りないときや、再度確認したいときは、教室にあるノートパソコンや私のパソコンまで利用しています。この活動の中で、教室にあるノートパソコンを接続、起動して、最後に終了させるところまで、自分たちでできるようになりました。ひとつの事柄について、図書室でも資料を探し出し、多角的に調べています。
そして、もっとも驚いたのは、子どもたちが「もっとやりたい!」と主張したことでした。調べる楽しさ、まとめるおもしろさ、自分の工夫が表現されるうれしさが、あふれていました。
保護者の方が、できあがった模造紙を見たら、それほどでもないかなと思うかもしれませんが、4年生のレベルからいえば「それほど!」なのです。
何が彼らを変えたのでしょうか。それは、おそらく「経験」でしょう。うまくできなくても、何度もいろいろな方法で、「調べる」「まとめる」ということを繰り返してきたことが、今の彼らを作っているような気がします。
本当は、もう発表会「ポスターセッション」をしてもいいのですが、子どもたちが、19日の授業参観で見てもらいたいという希望なので、少しのばしています。時間の都合がつきましたら、是非とも見てあげてください。
お休みの子がいて、のびのびになっていた保健の授業。今回、第二次性徴について勉強することを知っていた子どもたちの声で授業は始まりました。まずは、ヒゲのお話から。

(つづく)

前のことなんです。」
(つづく)
(つづく)

この後、男の子にも『射精』ということが起きることなども話しました。今回の保健の授業は、まだ、植物の受粉の仕組みや、メダカなどの受精の学習をしていない子どもたちには、なかなか理解しづらいと思います。話を聞いていても、ふざけたり、わざとそういう言葉を大きい声でいったりする様子も見られました。だけど、照れもあって、4年生ではこういう反応が出るのは当然かなという気もします。
これを機会におうちでも是非お話ください。大人が恥ずかしがれば、それは、恥ずかしいこと、よくないことと考えてしまうかもしれません。特に女の子は、自分がいつそうなるのか心配していると思います。第二次性徴は個人差があり、人それぞれです。そのことを、しっかり話してあげてほしいと思います。
(終わり)
3年生になり立ての頃、漢字の練習をするたびに、「・・・これは、ひらがなから練習した方がいいなぁ。」と思うこともしばしばでした。とにかく、正しく書くために、何度も何度も書き直させました。そして、3年生が終わる頃・・・。確か上達はしたものの、まだまだというのが、正直なところでした。
あれは、4年生の1学期の終わり頃だったでしょうか。漢字ドリルの丸つけをしていました。わたしは、字を見れば、誰が書いたものか、だいたいクラスの3分の2はわかります。けれど、ある子のドリルを見ていた時に、「ん?これ誰のだ?」と思いました。今までこんな字は見たことがありません。ドリルをひっくり返して、名前を確認すると・・・。丁寧な字を書くのに苦労していた子のドリルでした。いつの間に、こんなに上手に書けるようになったんだ・・・。確かこの間までは・・・。そんなことを思いながら、さらに、ドリルを見ていきました。「これは○○さんのだな。」と、名前を確かめると・・・。見事はずれていました。
しばし、丸つけの手を止めて、この子たちのドリルをじっと見ました。3年生の頃、あんなに何度も書き直ししていたっけなぁ、時には、泣きべそをかいていたこともあったなぁ・・・そんなことを考えながら、ドリルに大きな花丸をつけました。
3年生の運動会で取り組んだ縄跳び。子どもたちは、苦労に苦労を重ねて、運動会を成功させました。でも、やはり2ヶ月で、いろいろな技を全部できるようにすることはできません。二重跳びが連続でできる子も数人程度でした。
4年生になって最初の頃。ある子が、縄跳びを持って休み時間に跳んでいました。どうやら二重跳びを練習しているようです。私はちょっとアドバイスをして通り過ぎました。それから、2,3日後。彼は、勢いよく二重跳びをしていました。正直言って驚きました。この間の様子では、できるようになるにはまだ時間がかかりそうだったのに・・・。その子は、いつになくいい顔をしていました。
体育の時間の跳び箱。「あれ、この子、こんなに跳べたっけ・・・?確か、恐がってしまって、勢いよく助走できなかったんじゃなかったけ・・・。」そう思ってみている私の横を勢いよく跳び箱に向かっていく彼女がいるのでした。
(つづく)

私のところにひっきりなしに「先生〜、○○君が・・・」と苦情を訴える子がきていた3年生の頃。今は、そういうことはほとんどなく、ちょっとさみしいくらいです。たまにあっても、「もう一度自分たちで話しあうことできないかな?」と問いかけると、どうにか自分たちで解決しています。話し合いは、まだまだ稚拙なところはあります。でも、どうにか解決しようと真剣に考えている様子は伝わってきます。そんな彼らを、わたしは、遠くからしばし眺めているのでした。
体育のサッカーの時間。ある子がてきぱきとチーム分けをしています。そして、チームが決まると、みんなに練習の指示を出しています。どちらかというと消極的な子だったはず・・・。ふと、別のところに目を向けると、自分の気持ちと友達の意見が合わないとき、ガンとしてゆずらなかった彼女がいる。「いいよ、いいよ、私はいいから・・・。」周りの状況を考えて、一歩ひいている。
試合が始まると、運動が得意な子は、活発に走り回っている。苦手な子、ボールをこわがっていた子をみると・・・。なんと、ボールを持っている運動の得意な子に、猛烈につっこんでいく。あんなに恐がっていたのに・・・。ボールは奪えなかったけど、その勢いにおされた相手は、うまくシュートできませんでした。そして、つっこんでいった彼に周りからの声。「ナイス!」「今のよかったぞ!」必死になってつっこんでいった彼は、笑顔で手をあげました。
私自身、3,4年生は初めて受け持つので、いったいどんな学年になるのか予想がつきませんでいた。1年生は、小学校初めての学年。2年生は、自分たちもお兄さんお姉さんになるんだという学年。5年生は、初めて高学年の仲間入りする学年。6年生は、もちろん最高学年。では、3,4年生は・・・。
この2年間が終わって、今思うのは、3,4年生は、「伸びる学年」だということです。学習面でも、生活面でも、そして精神的にもこの2年間の成長は、本当に驚く限りです。
でも、何もせずに急に成長するのではありません。そのときは、すぐに結果に現れませんが、コツコツと努力したり、ひたむきに頑張っていた気持ちが、数ヶ月たってふっと彼ら自身の「力」となって現れる。そんな感じがします。
「この子は、こういう子だ」という私の固定観念をことごとく打ち破っていく彼らがいたのです。
(つづく)

4年生になって、最初の頃でした。ある日、珍しく時間に余裕があったので、子どもたちを玄関まで送っていき、正門の前で見送っていました。
そんな言葉を交わしている私の手を、誰かが握りました。小さな暖かな手でした。
もちろん、私がまだ、学校で仕事をすることを知っていたので、その子は、ちょっとした冗談で言ったのでしょう。彼女は、いつにない明るい笑顔で私を見ました。
その子は、大変真面目な子で、いろんなことに一所懸命に取り組みます。けれど、ちょっと大人びた表情をする子で、授業中もあまり楽しそうな顔をしません。ちょっと気持ちが読みにくい子でありました。
その彼女が、今、とても素直な笑顔で、私の手を握っているのです。私は、子どもたちが、私に求めているものが何かということに気づきました。これからの一年間、今まで通り、厳しくもするだろうし、時には怒るでしょう。でも、彼らが、私と「いっしょに」何かをしたいと考えてくれるような存在でありたいと思ったのでした。そして、この学級通信のタイトルにしたのです。


愛すべき子どもたちへ
あなたたちにとってこの2年間はどうでしたか。もし、「楽しかった!」と言ってもらえるのであれば、先生にとって、それは、何よりもうれしい言葉です。
『学校が楽しい』・・・どこにでもある、よく聞く言葉。でも、そんな当たり前のことが、とても大事だと思うのです。先生は、今までに、学校に来られないことに悩み続けてきた子、大きな病気を抱えて思い切り運動できない子、誰もわかってくれないと自分の中に閉じこもっていた子、いろんな子を受け持ってきました。そんな彼らとつきあってきて、『学校が楽しい』ということが、いかに大切なことかがわかりました。『学校が楽しい』ということは、『誰かといっしょにいることが楽しい』ということです。
人は一人では生きていけない。支え合って『人』という字はできている。いっしょに遊んで、いっしょに勉強して、いっしょに時間を過ごす。そんな中に楽しさを感じられる人になってほしかったのです。
今日でお別れです。でも、またいつか、どこかで・・・
いっしょに・・・
(おわり)
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