![]() 「いいよ」のINDEXへ |
![]() Topのページへ |

どうも、お久しぶりです。皆様の熱い期待(?)に応えて、新装開店の学級通信です。タイトルも「おいでよ!」から「いいよ!」に変わりました。
毎回、タイトルには苦労するのですが、今回の「いいよ!」は、ある男の子の一言です。その子は、困っている友だちに、「いいよ、大丈夫だよ。」と声をかけて仕事を引き受けてあげました。何気ない一言ですが、言った方も言われたた方も、いつになくさわやかな顔をしていました。
教室や校庭で聞かれる子どもたちの言葉から「成長したなぁ・・・」と実感させられることもしばしばです。「自分たちのクラスは、自分たちで作る」をモットーに昨年1年間頑張ってきた子どもたちです。最後の1年間で更に大きく伸びていってほしいと思います。
個人面談 ありがとうございました
お忙しい中、個人面談にいらしていただき、ありがとうございました。学校での生活、学習についていろいろお話ししましたが、正直言ってうまく伝えられたか心配です。どうしても話の中心が「気になるところ」に集中してしまい、保護者のみなさんを不安を与えてしまったのではないかと、他人の評価を気にするAB型の私としましては、気をもんでおります。何かありましたら、いつでもご遠慮なく、連絡をしてください。
6年1組悩み事相談室に、小学校6年生の男の子を持つ母親から相談がありました。
「実は、うちの6年生になる息子のことなんですけど・・・。よく宿題を忘れるんですよ。学校から帰ってくるとすぐに友だちと遊びに行ってしまうんです。Bくんというとても仲のよい友だちがいましてねぇ。いえ、外で元気に遊んでいることは、いいんですが、帰ってくるとすぐにテレビゲームを始めて、『宿題はないの?』と聞いても『ないよ』っていうんです。ところが、寝るころになって、やっぱりあったなんて言ってあわてているんです。それで、寝るのが遅くなって、朝、起きられなかったりするんです。前の日にできればまだいいんですけど、結局忘れて、次の朝、大慌てしたり・・・。いくら、口をすっぱくして言っても、いつも同じことの繰り返しなんです。」
この相談事に対して、6年1組相談員のみんなは、母親に成り代わり、対策を考えてあげました。
まずは、Aくんについて詳しく聞きます。本人の性格から、好きな食べ物、どんなゲームが好きか、得意な教科、苦手な教科、好きな人はいるのか・・・など、直接、相談事と関わりないことも確かめます。
これは、もちろん架空の話ですが、このAくんに対して、子どもたちは、母親の立場になって対応してもらいます。Aくん役は、私です。
なかなか手強いAくんです。何人かの人に母親役をやってもらいました。とにかく怒るタイプ。好物や何か買ってあげる、お小遣いを増やしてあげるからとモノやお金でつるタイプ。逆に、ご飯を食べさせない、お小遣いを減らす、誕生日のプレゼントをあげないなどと罰を与えるタイプ。様々な方法で、Aくんに対応しますが、ちょっとやそっとのことでは、Aくんを変えられません。唯一、無言で手を引っ張り、部屋まで連れていき、宿題をやらせることに成功しましたが、この後、毎日、親が手を引っ張って連れていかないとなりませんでした。
これは、心理学で役割演技(Role-Playing)と呼ばれる手法で、自分と異なる人物を演じることで、その人の気持ちをつかむものです。子どもたちは、手強いA君が憎たらしいと言っていましたが、母親役をした子から、「子どもを思い通りに(例えそれがよいことであっても)する事は、とても難しい」「お母さんの苦労がわかった」という言葉が聞かれました。
また、その後の話し合いで、「こうなったら、たたくしかない。」と言う意見も出されました。「それでうまくいくかな?」という私の問いかけに対して「そうすれば、親の真剣な気持ちが伝わる。」と言うことでした。
時には、体罰も必要だという意見も、体罰はだめだという意見もありましたが、とにかく頭で考えるだけでは、A君の問題は、なかなか解決しないようです。さてさて、A君の今後はいかに・・・。
[子どもたちが作った短歌を紹介。(省略)]
短歌は、どうしても5・7・5・7・5(?) になってしまうようでした。また、俳句は(季語がないものもあるので川柳かな?)、標語のようになってしまうので、苦労していたようです。それでも、短い言葉で、いかに表現するか、みんないろいろ考えていました。
[子どもたちが作った俳句を紹介。(省略)]
今日、体育の時間に組体操をやった。今年の運動会では、組体操をやるそうだ。去年やった「みかぐら」もう一度やりたかったなぁ。でも、先生は、「組体操も一度くらいは経験した方がいいぞ。」と言っていた。
最初に、ブリッジや肩とうりつなどの一人技をやった。簡単そうに見えて結構、難しい。その後は、肩車。これならできそうだと思って、やってみたらあがらない。クラスでできた人は、4,5人だ。こんな大変なこと本当にできるのかなぁ。あ〜ぁ、「みかぐら」[前年度、運動会でやった民舞]の方が良かったなぁ。
初めて組体操の練習をしてから、何回目だっけ?でも、肩車もほとんどの人ができる様になったし、肩車からサボテン[『ほかけ』とも言うみたいです。下の人の膝の上に立つやつ]になるのも、できるようになった。サボテンは、バランスが難しい。ちょっと気を抜くとくずれてしまう。△△くんにコツを教えてもらったら、すごく楽にできるようになった。それから、逆立ちの練習もした。正しくは「とうりつ」と言うそうだ。何度も練習して、先生にコツを教わったり、マットを利用して段差をつけてやったけど、できなかった。本番でできなかったらどうしよう。
今日、普段、仲の良い××くんとケンカした。つまらないことだけど、あんまりしつこいので頭にきた。
今日から、5年生と一緒に練習する。先生が、ぼくと□□くんを呼んで、舞台の上でお手本をやらされた。チョー恥ずかしかったけど、うまくできた。ホッとした。
どうやら、とうりつは本番では、やらないようだ。ラッキー!先生は、ぼくたちができそうな技を組み合わせてやるつもりらしい。今年の組体操のテーマは「21世紀へのかけ橋」だそうだ。テーマに合わせて、いろいろなモノを表現するんだ。
××のやつ、ぼくと口をきかない。そっちがそのつもりなら、ぼくだって口をきいてやるもんか。
組体操も、ずいぶんできあがってきた。"波"は、楽だけど、タイミングが難しい。"花"も簡単そうに見えて、みんなでバランスを取るのが難しい。一番きついのは、"ピラミッド"だ。僕は一番下なので、とにかく、たえるしかない。背中は痛いし、手がふるえてくる。順々に上に乗っていくのが、すごく長く感じる。1回目の練習の時は、できたのに、今日は、結局1回も成功しなかった。5年生もできるようになったのに、すごくくやしい。3段目に××が乗るんだけど、あいつがフラフラしているからうまくいかないんだ。
「21世紀へのかけ橋」は、20世紀から、21世紀へ伝えたいものを表現するそうだ。美しい自然や、人々が作り上げた文化を伝えるというコンセプトだそうだ。ところで、コンセプトってなんだ?
運動会は、組体操だけでなく、短距離走や、騎馬戦もある。それから大変なのは、グランドパレードだ。
鍵盤ハーモニカで3曲覚えるのも大変だ。この間、ようやく合格して、○○先生[音楽専科の先生]に丸をもらった。朝の学習の時間に自分たちで練習してきたのがよかったのだろう。最初は、バラバラだったけど、BAKU
[もちろん、子どもたちは本名で呼んでいますよ]先生が言った"それらしく聞こえるための必殺技その1"で、確かに最後はそれらしく聞こえるようになった。でも、校庭で隊形を作りながらやるというのも大変だ。
それから、係の活動もある。やることがいっぱいすぎて、何から手をつけていいものかわからなくなるくらいいそがしい。今週になってから、1時間目は、全体練習だし・・・。この間なんて、6時間中、5時間も校庭で何かしらの練習をしていた。はぁ・・・。
そういえば、××のヤツ、鍵盤ハーモニカの合格がもらえなくて、困っていたなぁ。
見るに見かねて、××に鍵盤ハーモニカを教えてやった。どうにか、合格したらしい。××のやつ、「ありがとう・・・、この間は悪かったな・・・。」と言った。そんな風に言われると、ぼくも「いいよ。気にするなよ。」なんて答えてしまった。
今日の組体操の練習で、全部通してやった。少しは、失敗もあったけど、最後に先生が「全部、できたぞ!」と叫んだとき、思わず飛び上がって拍手してしまった。みんなも、うれしそうだ。
この1ヶ月、すごく大変だったけど、これだけ頑張ったんだから、絶対、思い出に残るような、小学校生活、最後の運動会にしてやるんだ!!
お子さんは、今日の日記にどんなことを書くのでしょう。
今年は、組体操に取り組みましたが、一番の心配は、6年生だったのです。今まで5,6年で組体操に取り組むときは、6年生は一度経験しているという安心感があり、6年が5年を教えてあげるということができました。ところが、今年は、6年生も初体験です。そのために、ずいぶん早くから、クラスで組体操の基礎を練習しました。
初めての練習で肩車をしたのですが、半数くらいしか上げることができませんでした。肩倒立、ブリッジなどの一人技も、やり方はわかるんだけど、体が思うようにならない。さすがにこれには、内心不安になりました。”未経験”という言葉が重くのしかかってきました。
けれども、練習を続けるうちに次第に形になってきました。前回、何度やってもできなかったものが、何の苦労もなくすっとできるときがあるのです。別に家で練習したわけでもないのにできるのです。(組体操は、危険を伴うので、先生のいないところでは、練習厳禁としていました。)
とても、不思議なことですが、このことに気付いたのは、うちの娘のピアノの練習をしていたときのことです。今は去ること数年前、うちの奥さんのたっての希望で、MOMO[私の長女]にピア
ノを習わせることにしました。4歳の頃にヤ○ハ音楽教室に通い始めたのですが、最初の頃はともかく、次第に練習曲が難しくなってきます。暖かな日差しが差し込む中、リボンを結んだ娘が、優雅にピアノを奏でている・・・、うちの奥さんは、そんなことを夢見ているようでしたが、実際に練習を見ているのは、ほとんどが私。半べそで「わかんないよぉ・・・」とつぶやく娘相手に、内心『こんな難しい曲、絶対無理だ・・・』と思いつつも、厳しく言ったり、持ち上げたりして教えていました。(うちの奥さん、小学生の頃ピアノを習っていたので、私よりうまいんですよ。私はといえば、多少は弾けますが、独学ですのであまり当てにはならないんです。・・・なんせ、幼稚園時代にヤ○ハオルガン教室を数回でやめた経歴の持ち主ですので・・・。)
毎週、土曜日が恐怖でしたが、ある時、昨日、練習して全然出来なかった難しい曲がじょうずに弾けることがありました。MOMOに「練習したの?」と聞くと「していない」とのこと。不思議に思いながらも、そんなことが何回も続きました。
ピアノも組体操も、体で覚えるものは、ある程度、リラックスして取り組む方が良いようです。必死になってやればやるほど、余分な力が入ってしまい、更に泥沼にはまっていくようです。一生懸命、練習してうまくいかないときは、少し間を開けてから、再度取り組んだ方がいいのです。
毎回の練習は、次第に難しくなっていきましたが、5年生と合同で練習するまでには、お手本として、全員の前でできるほど上達してきました。5年生も、6年生も本当によく頑張りました。足首をひねったり、爪が割れたり、時には、背中の痛みに涙をこぼしたり・・・。「大丈夫?まだ、できる?」という問いかけに、子どもたちは、「できます!!」と答えてくれました。
波の動きをイメージしながらの”波”、下で支える人と、上に乗る人の呼吸を合わせ、バランスを取った”サボテン”、綺麗に見せるのが難しかった”花”、自分たちで考えた”動物−ライオン”、自分たちで進んで挑戦した”神殿”の”飛び乗り”、一度は、うまくできていたのに途中から、できなくなってしまい、最後の練習で全員、完成した”ピラミッド”、そして、3メートル以上の高さになる”三段タワー”の”21世紀へかける橋”。どの技ひとつひとつに、一人一人のドラマがありました。
見ていた人たちから、涙が出そうになったとの声もありました。それは、見た目の美しさだけでなく、そこに到達するまでの子どもたちの頑張りが、一人一人の表情にあらわれていたのではないでしょうか。
組体操だけでなく、騎馬戦、短距離走でも、頑張っていました。各係の仕事でも、頑張っていました。クラスの旗作りも頑張っていました。全校ダンスのソーラン節でも、縦割り班のリーダーとして頑張っていました。グランドパレードでも、指揮も、器楽クラブも、旗持ちも、そして鍵盤ハーモニカを弾く子たちも全員が、頑張っていました。
自分たちで考え、自分たちで計画し、自分たちで練習を進めている場面
も、幾度と無く見られました。
運動会は、紅組の負けでした。去年は、子どもたちに、「紅組は負けたけど、精いっぱい頑張ったんだから、いいじゃないか。思いっきり『くやしい!!』と叫んで忘れてしまえ」と、言いました。でも、今年は、本当に勝たせてあげたかったです。勝負は、時の運です。でも、今年は、勝たせてあげたかったです。最後に『やったぁ!!勝ったぞ!!』と思い切り叫ばせてあげたかったです。一人一人が、あんなにも真剣に、頑張ってきたのですから・・・。
先週の月曜日、○○先生[音楽専科の先生]が5年生の○○移動教室[5年生の移動教室]の付き添いのため、音楽の授業がなくなりました。そこで、運動会の練習でつぶれていた家庭科を4時間連続で行うことにしました。裁縫の実習は、準備や片づけに時間
がとられるので、続けてやってしまった方が能率が上がります。
運動会の練習前に、型紙を作り、布を裁断してありました。自分で布を用意した子は、型紙も模造紙で作ります。この先の成長を見越して、少し大きめに作る子もいます。
今回のエプロン作りのポイントは、三つ折りとしつけ縫いです。「三つ折り」というと簡単そうですが、ここで間違える子が結構いました。正しくは図のように折るのですが、ぬいしろの中だけで三つ折りをしたり、「三つ折り」と言いながら、2回しか折らないのに困惑したりしていました。(布が3枚重なるので「三つ折り」と言うようです。)
もう一つは、「しつけ縫い」です。しつけの意図をはっきり理解しないでやってしまうと、ミシンで本縫いをしても、しつけ糸を抜かずに、「できたぁ!」と喜んでいる子もいました。
教科書にも詳しく説明してありますし、セットで買った子は、説明書も同封されています。また、授業の中でも、ポイントとなるところを、図解しながら説明もしました。けれども、ほとんど全員が、何かしら間違えてやり直ししたりしていました。なぜ、こんなに間違うのでしょうか。例えば算数で、新しい計算方法を学習しても、こんなに多くの子が間違えるなんてことはありません。「先生の教え方が悪い!!」と言われれば、それまでですが、おそらく『見通しを持っていない』のが原因と考えられます。算数の例で言えば、いくら新しい計算方法といっても、既習の学習の上に積み重なっているので、ある程度、『見通し』を持って考えることができます。ところが、エプロン作りは、多くの子が未経験で、やるべきことはわかっていても、それが、その後どのように関係してくるのか、なぜ、この順番で縫わなければならないのかということの理解が不足しているのです。
4時間目が終わったところで、まだ数人しか完成しなかったので、子どもたちのたっての希望で、5,6時間目も続行することになりました。驚異の6時間連続授業です。
こんな子どもたちの様子を見ていて、ふと思い出したのが、プラモデル作りです。お母さん方は、あまり経験ないと思いますが、お父さん方は、子どもの頃に、ひとつやふたつは、プラモデルを作った経験があるのではないでしょうか。あのプラモデル作りも、詳しい説明書がついてるにも関わらず、最初の頃は、よく失敗します。(私が小学生の時に、初めて作ったプラモデルは、白鷺城というお城のプラモでした。・・・変な趣味。)とにかく、部品を組み立てていけばいいと、説明書を適当に読んでどんどん作っていくと、最後でうまくはまらなかったり、結局、張り合わせた部品を一度はがさなければならなかったりします。そのような失敗を繰り返しながら、何個か作っていくと、次第に、「この部分は、先に作ってしまった方が楽だな。」とか、「ここは、説明書通りでないと失敗するぞ。」と先を見通して作ることができるようになります。
お母さん方は、雑誌の付録で似たような経験があるのではないでしょうか。(雑誌の付録と言えば、最近の『小学○年生』などの付録作ったことあります?ものすごく高度で絶対、子どもだけでは作れそうもないです。まぁ、きちんと『おうちの人と一緒に作りましょう』なんて但し書きはあるものの、MOMO[私の長女]が『パパァ!!ほら、ママに「小学二年生」買ってもらったよ!!』などと喜んで言いにくると、付録の厚さを見てドッと疲れてしまう今日この頃です。)
最近のおもちゃは、自分で作り上げるのものが少ないように思います。おもちゃにしても、裁縫にしても、工作にしても、失敗しても一度経験しておくというのは、大変重要なことです。机上の学習では、決してわからないことを、『経験』は教えてくれるのです。
とにかく、エプロン作りもあと少しで全員完成です。作った作品は、秋の作品展で展示しますので、「あんた、ミシン縫いがグニャグニャ曲がっているじゃない!」と言いたくなる気持ちをぐっと抑えて、その曲がったミシン縫いの裏に隠された子どもたちの「未経験」から「経験」に変わっていった足跡を、感じ取ってあげてください。
★昨日、日生劇場の観劇に行って来ました。「劇団四季」による「九郎衛門」というミュージカルです。迫力ある生の演劇を、昨年の自分たちが演じた「ピノッキオ」と重ね合わせて観ていたようです。★尚、私が当日の用意を連絡し忘れて、連絡網でまわしていただき、大変ご迷惑をおかけしました。申し訳ございませんでした。反省、反省・・・。★最近、忘れ物が多く(私も含めて・・・)、今月途中から、また、忘れもの調べをしています。高学年ですから、自分の努力で変えていってほしいと思います。★とは言え、全部子どもだけにまかせっぱなしもどうかと思います。ちょうど今週は、『世界 子どもの連絡帳チェック 週間』でもありますし(ウソです)、お子さんの連絡帳を見てみましょう。また、計算ドリルやノート、テスト直しなどにも目を通してみましょう。★きちんとできていなくても、「ちょっと、何これ!!」と怒っていけません。(子どもたち一同、ウンウンとうなづく。)★まずは、良い所をきちんと言葉で認めてあげましょう。(子どもたち一同、ウンウンと更にうなづく。)その上で、改善した方が良いところをアドバイスしてあげてください。★それぞれ個人差はあるので、いろいろあるとは思いますが、高学年の子どもたちへの躾のポイントは、「手はかけないけれど、目はかける」です。子どもの自主性の尊重と、ただの放任の違いを考えてみるのも大切です。
6月の末から、徐々に日光の準備に入り、7月中はてんやわんやの大騒ぎでした。小学校生活最後の宿泊を伴う行事ということで、子どもたちの気合いの入れ方も、5年生の○○移動教室の時とは、ちょっと違います。
・・・と、日光のこともいろいろ書きたいところですが、それは、また後日ということで、まずは、今日、子どもたちが手にしてきた一枚の紙に気を取られていることでしょう。
そこで・・・。
今まで、5年間も通知表をもらっているので、今更という気もしましが、ちょっと解説いたしましょう。
学習面については、基本的に到達度評価という方法で評価しています。公教育である小学校では、文部省から出されている「学習指導要領」というものに基づいて教育がなされています。この「学習指導要領」には、『6年生の国語の○○については、これくらいできていてほしい』というような内容が書かれています。つまり、これが、到達目標です。到達度評価というのは、この目標にどの程度、到達しているかという評価方法です。
ですから、この到達目標に、ほぼ到達している場合が、通知表の「よい」に当たります。「ほぼ到達している」という表現が気になるところですが、「学習指導要領」自体も、基本的に『〜の事柄をほぼ理解している』というように、やや曖昧に表現しています。
客観的評価というのは、例えば数値で表せるようなもの、つまりテストの点数などです。テストの点数だけで、評価するというと、何か冷たいものを感じますが、「あの子は、テストの点数が悪かったけど、よく手を挙げていたから『たいへんよい』にしよう」とか、『この子は、テストはよくできるけど、字が汚いので『努力しよう』にしよう』なんて、評価されたら、やっぱりおかしいですよね。
主観的評価というのは、評価する人間の主観による評価です。ですから、ある意味では、非常に曖昧で、先生のさじ加減でどうにでもなってしまうようにも取られます。だからといって、すべて客観的評価にして『あの子は、15回、きちんと挨拶できたから『大変よい』で、この子は14回だから『よい』にしておこう』なんていうのも変ですよね。そのために評価する人間が、数値には置き換えられないけれど、ある一定の評価基準をもって評価しています。
ちょっと話が難しくなりましたが、以上のことを踏まえて、私の通知表の付け方を、説明します。
学習面で、客観的評価ができるものについては、テストの点数を中心に、発言の内容、ノートのまとめ方などを加味してつけ、できるだけ私の主観が入らないよう配慮してつけています。通知表のどの項目がそうかというと、テストの『知識・理解』とか『科学的な思考』など(こういうのを『観点』と言っています)の分類分けがありますが、通知表の文章にそれとあてはまるものがあると思います。それが、客観的評価中心に評価している物です。
客観的資料がないもの(例えば、興味、関心、意欲など)や行動面の評価は、主観的な評価になります。それでも、私の思いこみだけにならないよう、様々な記録をもとに評価しているつもりです。
行動面の評価は、「よい」と「努力しよう」の2段階評価です。私の中の評価基準としては、卒業時の6年生像を基準としています。ですから、1学期の段階では、非常にきびしくついています。「努力しよう」についていたからといって、全然できていないわけではありません。行動面は、1年間通して見ていただきたいと思います。5年生の時の通知表の行動の記録をご覧になれば、毎学期ごと、少しずつ「よい」が増えているのではないでしょうか。
『所見』というのは、文章で表現する評価ですが、たった数行にその子のすべてをかけるわけがありません。ある一部分を抜粋して、担任が特にそう感じている点を書いています。だれでも、ここが悪い、そこが悪いと、マイナス面ばかり指摘されたら、いやなものです。だからといって、いいことばかり書いて、あとで話を聞いてびっくりというのもいやです。担任としては、この『所見』が一番気を使うところで、書き終わったあとも、まだ悩んだりして、本当に終わったときは、ほとんどあしたのジョーの最後のようです・・・。
ところで、通知表というのは、なくてもいいって知っていました?法律的には、通知表を出すか出さないかは、何の規定もなく、学校独自の判断で決めていいのです。ただ、学校で行われている教育の様子を、保護者に伝えなくてはならない義務はあります。その義務を果たすひとつとして、通知表を出しているのです。
ただ、通知表を出す場合の大切な留意点として、『児童の今後の学習意欲につながるよう配慮する』ということがあります。ですから、保護者の皆様も、通知表を見たあとに言うこと言葉を、よ〜く考えていただきたいと思います。
兎にも角にも、1学期間、ありがとうございました。
有意義な夏休みを!!
![]() 「いいよ」のINDEXへ |
![]() Topのページへ |