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保護者のみなさま、新年明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いいたします。
8時35分、体育館で始業式が始まりました。私は放送の係なので、ちょうど子どもたちとは反対の場所にいます。遠くから我が5年1組を見守っていますが、あまりきょろきょろすることもなく、さすが5年生という態度で並んでいます。
始業式も終わり、教室へと帰っていきます。日直の○○くんと△△さんに朝のあいさつを言ってもらおうと前に呼ぶ途中で、すかさず××くんが「先生!今日、席替えするの?」の声。新年一発目の発言でした。その元気な声にみんな大笑い。「でも、今日はお休みの人がいるから、かわいそうだなあ。」というと、みんな一斉に「えーっ!」結局、みんなだって席替えを早くしたいのです。
ということで、お休みの人にも不公平にならないように、今回は全員くじで決めることにしました。箱の中に番号を書いた紙を小さく折りたたんで入れ、それを引くやり方で行いました。
そして、2日目、9日の様子です。1,2時間目は、体育館での席書会です。
昨日は、皆さんもご存じのように大変寒い日でした。こんな日の1,2時間目の体育館は・・・。でも、新年の気持ちを込めて書き初めに取りかかります。体育館でやると雰囲気が違うのか、みんなよい意味で緊張しながら、たいへんのびのびと書けました。
休み時間は、やはり寒いせいか校庭に出てくる子ども達の数が少々少ないのですが、何人かの男の子たちは、2組の友だちといっしょにドッヂボールをしています。○○さん、△△さん、◇◇さん、××さんは、柔らかいボールを使ってバレーボールをしています。5年生では、何故か2学期の後半からバレーボールがはやっているのでした。
3時間目は、1,2組合同で音楽です。2学期から「キリマンジャロ」という曲の合奏を練しています。音楽朝会で発表するそうなので、普段みられない担任は、楽しみにしております。
4時間目は、算数。新学期、2日目にして、もう授業です。「円と正多角形」という勉強をしました。最初の導入では、折り紙を折って、はさみで切り、どんな形が出来るか考えました。教科書をみていただくとわかると思いますが、大人なら容易に予想できるのですが、一つ目も二つ目もみんな結構悩んでいました。
そして、待ってました!体育です。指先がじんじんなる中で、長袖を着ているのは先生だけです。最初に3分走をやりました。○○くんは、冬休みに江ノ島マラソンを完走したそうで、走りも何か力強く感じます。2学期の終わりから、「心臓をきたえよう!」と題して、平常時の脈拍、運動した後の脈拍をはかり、どのように変化していくか調べています。
その後、3チームに分かれてサッカーの試合をしました。人数が少ないので1チーム、5〜6人というさびしい状況ですが、子ども達は楽しみにしているようです。2学期のバスケットの影響か女の子もこわがらずに結構積極的に動いています。○○さんがシュートして得点したり、△△さんがシュートをブロックしたりと活躍しています。
このようにして始まった新学期。あと3ヶ月で子ども達は、どんな顔をしてこの教室を去るのでしょうか。
この日のために、学級会ならぬ学年会を開き、子どもたちが、一生懸命に計画を立てていた親子スポーツ大会。雪が降ったおかげで体育館で行うことになりました。計画していた「めだまやき」というゲームが、残念ながら大なわに変更になってしまいました。それでも、終わった後の子どもたちは、たいへん満足そうでした。
大なわ、人間知恵の輪、そしてバスケットの試合を行いましたが、子どもたちは、なんと言ってもバスケットの試合に期待していたようです。教室で子どもたちと話しているとき、「おうちの人たちに勝てるかな?」と聞くとほとんどの子が、「勝てるんじゃないかな?」という予想でした。ところが始まってみると、大人の体は、予想以上に大きく、完璧なディフェンス。また、○十代とは思えぬほどの機敏な動き、そして、今日であったばかりなのに、「スラムダンク」の漫画のような連係プレー。しかも、試合が始まる前に、私が「子どもたちは本気でやりますよ。」などどよけいな一言を言ったもんだから、試合が進むにつれて、大人軍団は、次第にエキサイトしてきました。
子どもたちは、3チーム作っていたのですが、どこも惨敗。3試合目の負けが確定すると、「先生!選抜チームでもう1試合やりたい!」と子どもの意地を見せました。しかし、大人選抜チームには、○○ママ、△パパ、◇◇パパの三人がいるではありませんか。この
三名の方は、子どもたち曰く「魔のトライアングル」なのです。△△パパのフェイントを使ったテクニカルなパス。○○ママの蝶のようなドリブル。そして、◇◇パパのダンクシュートまがいのするどいシュート。大人5人の無言の連係プレーに子どもたちは、翻弄され、選抜チームもこれまた惨敗なのでした。
保護者会でもお話ししましたが、子どもたちのバスケットは、かなり上手です。チームワークもなかなかなものですが、やはり、大人の力・技にはかないませんでした。教室に帰ると「うちの親、すごいや・・・。」と尊敬と感嘆の声。親の威厳を見せつけた一日でした。でも、ある子がぼそり。
今週から、朝、校庭を走ることにしました。基本的には強制ではありませんが、ハッパはかけます。「マラソン日本一周カード」も用意し、最高学年に向けて体力づくりを行いたいと思います。えっ!?先生も走るのかって?・・・モゴ、モゴ、モゴ・・・。
長い物語は、時間がかかるので、作文用紙1、2枚程度のあらすじで書こうということでしたが、中にはずいぶん長編の作品になった子もいます。また、一人で最初から考えるのは難しいので、班で場面設定や最初の出だしを考えさせました。尚、掲載するに当たって文章表現等を多少変更した部分もあります。
それでは、みなさん。子どもたちの空想の世界へご一緒しましょう。
人間がまだ住む前のオーストラリアでは、動物達が楽しく暮らしていました。
ある夏の日に、動物達は暑いので川ぎしまで水を飲みに行くと、一人の男の子が船で流されてきました。動物達は、その男の子にハームと名前をつけてかわいがり、いっしょに楽しく暮らしていました。ところが、その中の、今でいうコアラという動物は、ハームをかわいがりませんでした。
ある冬のことです。みんなでおしくらまんじゅうをしていると、人間の大人がじゅうを持ってやってきました。動物達は、ー生けんめいにハームを守りました。そうしたら、おどろいたことに、あのコアラがハームを助け、その大人をやっつけました。
でも、なんとその人は、ハームのお父さんなのでした。ハームのお父さんは、生きていて、ハームといっしょに島へ帰りました。
ハームが、19才になったとき、お父さんといっしょにオーストラリアに動物園を作りました。オーストラリアには、おかしい動物がたくさんいたので、動物園の名前は「おかしな動物園」と名づけました。
でも、これは昔のこと。
今日は、六年生最後の日です。そこは、1クラスしかないとても古い学校でした。ろう下を歩くと、
「ミシッ、ミシッ。」
という音がします。
その六年生の教室に、仲の良い四人がいました。ひろし、りょう、あけみ、よしみの四人です。
あけみがろう下を歩いていたら、職員室から校長先生の声が聞こえてきました。
「知ってる人もいるだろうが、今の六年生が卒業してから、この学校をこわ すことに決めているのだが・・・。」
と、聞こえてしまったのです。あけみは大声をだしたくなるほどおどろきました。あけみは、急いでひろし達に言うと、ロを大きく開けてしまいました。
それからすこしたって、学校がこわされてしまうことが、みんなにひろまってしまいました。
今日は最後の日です。先生が来るまでみんなは、静かにしてまっていました。先生の足音でみんなは息を、
「ごくん。」
と、のみました。先生はいつもどおりに話をしましたが、みんなは下をむいて、先生の顔を見る人はいませんでした。先生は、
「あのな。みんなにいいたいことがある。それは、この学校をこわしてしまうことだ。」
と、言いました。みんなの下にむいていた顔が、一せいに先生の顔を見ました。
それから、先生の長い話が続きました。帰る時、先生は、一人一人に一言いってから帰ることにしましたが、ひろし達は、くやしくてたまりませんでした。
学校の帰りに広場に集まり、どうにか学校がこわされないようにと思いましたが、不可能だと意見がまとまってしまいました。四人は、一年生から通っていた学校なのにとロもきけませんでした。
あれから何年かたち、ひろし達は、二十才になり成人式をむかえました。
ひさしぶりに四人は会って、学校へ行ってみると、そこは、学校ではない、高いビルになっていました。四人は、ただビルを見上げながら、小学校生活を思い出しました。
それからは、四人とも学校のあった場所には行かず、心の中に大切にしまっておくことにしました。
これからするお話は、ぼく達、熱帯魚がこの家に来て、少したってからのお話です。
ぼく達は、飼い主にすごく気にいられていました。だから、一日一日が天国のようなくらしでした。ぼく達は、毎日楽しく遊んでいました。
ある日のことです。ぼく達は、おにごっこをしていました。すると、へんな動物が顔を出してきました。最初は、すごくおどろきました。だけど、しばらくしてこの動物が、犬だと分かりました。
そのうちに、飼い主はぼく達のことなど気にしてくれず、犬のことばかりかまうようになりました。ぼく達は、ろくにえさももらえなくなりました。もらえるとしても、一ヶ月に一回ぐらいしかもらえませんでした。だから、
ぼく達は、神様にこう祈ったのです。
「神様、お願いします。この犬をどうにかしてください。」
と。
すると、その犬は病気になり、死んでしまったのです.その犬が死んだら、今度は、ねこを飼い出しました。だから、また、神様に祈ったのです。するとまた、本当にねこが死んでしまいました。ぼく達が祈ったことが、一度でなく、二度もかなったので、すごくびっくりしました。
そのねこが死んだら、今度は鳥を飼い出しました。ぼく達は、もうどうなってもいいと思い、
「神様。鳥だけでなく、飼い主も・・・。」
と、祈りました。すると、鳥も飼い主も死んでしまいました。ぼく達は、うれしいのか、悲しいのかわかりませんでした。
今は、新しい飼い主に飼われていて、毎日すごく幸せです。
ぼくは、教科書を探すため、ひっこしの時につめたダンボールの中を探していた。そして、古い一通の手紙を見つけた。その手紙には、ぼくの名前が書いてあるだけで、あとは何にも書いてなかった。
「なんだろう。」
と、思い、その手紙をあけると、
『三丁目の古いたばこ屋のかどを右・・・。』
と、書いてあった。ますます不思議になったが、あまり気にせず、そのまま夕食を食べた。
夕食を食べ終わり、また、その手紙を見ると・・・。
「あっ。」
ぼくは、おどろいた。
『三丁目の古いたばこ屋のかどを右にまがった所をまっすぐ行くと・・・。』
と、いうところで終わっていた。
なんだかよくわからなかったが、明日、そこへ行ってみることにした。
学校が終わり、急いで家に帰って、ぼくは自転車に乗った。まず、三丁目に行き、町の人に古いたばこ屋のことを知らないか聞いてみた。
しかし、みな、
「さあ、知らないわねえ。」
「たばこ屋なんて・・・。あったかしら。」
と、言った。
「ぜんぜん手がかりがみつからないやあ。」
もう空が赤くなって帰ろうとしたときだ。
「そこのぼうや.ちょっと待ちなさい。」
と、声が聞こえた。ふりむくと一人の老人がいた。ぼくは、なんだかそのおじいさんに会ったことがあるような気がした。
「そこをまがってね。まっすぐいってごらん。」
老人は、ぼくの肩に手をおき、指さしながら言った。なんだかなつかしい気持ちになった。
よくわからないが、ぼくは行ってみることにした。すると、古いたばこ屋があった。ぼくは、夢中でそのたばこ屋のかどを右にまがり、まっすぐ行った。
ぼくの目の前には、小さな雑貨屋があった。そして、その雑貨屋には、去年の冬、ぼくがなくしたあの麦わらぼうしがあったのだ。近よってその麦わらぼうしをみると。やっぱり、ぼくの名前があった。
その時、お店のおじさんが、
「ぼうや、その麦わらぼうし。気にいったかい。なんだったらあげようか。」
と、言った。
「えっ、でも・・・。お店の商品なんじゃ・・・。」
「いやあ、いいよ。この店もねえ、もう今月中になくなってしまうんだから。」
と、言いながらそのおじさんの目が少し光った。
「あの、じゃあ・・・.」
ぼくは、なかなかくださいと言えなかった。
「はい。これ、ぼうやにとって思い出があるものなんだろう。」
と、おじさんはやさしく笑った。
「はっ、はい。」
ぼくは麦わらぼうしをうけとると、今は、もう六時すぎだということに気づいた。
(つづく)
「あの、じゃあ、ぼく、帰ります。」
ぼくは、そういうと自転車にとびのった。
その日、ぼくはカンカンにおこられた。
そして、次の日、ぼくは、あのおじさんに麦わらぼうしのお礼がしたくて、またあの雑貨屋に行った。
しかし、雑貨屋は、空き地になっていた。まるで、何年も前になくなったように・・・。ぼくがボーっと立っていると、
「あの子、何であんなところに立っているのかしらねえ。」
「あそこって、戦後にとりこわされた場所なんですって。」
「まあ。それは、初めて聞いたわ。でも、昔、何がたっていたのかしらねえ。」
と、おばさんたちが話を始めた。ぼくは、何がなんだかわからないまま、家に帰った。
家に帰るとお母さんが、まるくなってすわっていた。
「お母さん、どうしたの。」
ぼくが、お母さんのそばに行くと、お母さんは手紙を読んで泣いていた。そして、お母さんが、
「この手紙ね。お父さんがお母さんにくれたものなのよ。ほら、お母さん、全部とってあるの。」
ぼくがその手紙を見ると、
「あっ、お母さん。この字、お父さんのだよね。」
「えっ。ええ、そうよ。」
ぼくは、びっくりした。だって、この手紙の字とあの古い手紙の字がいっしょなんだもの。
そして、あと、もう一つ、気づいたことがある。あの、ぼくに三丁目で古いたばこ屋を教えてくれたおじいさんは、ぼくのひいじいさんだったのだ。ぼくは、写真で見たことがあるから、なんだか会ったことがあるような気がしたんだ。
「そうだ。もうすぐご飯だから、その前に宿題やっちゃいなさい。」
お母さんが言った。
「うん。」
そして、ぼくが自分の部屋に行くと
「あっ。」
ぼくのつくえの上には、おいといたはずの麦わらぼうしと古い手紙がなかった。
。
2月の後半から、送別球技大会、6年生を送る会、お別れ給食、朗読放送のビデオ撮りなど、行事が目白押しでした。3月8日(金)に6年生を送る会とお別れ給食が終わり、一段落です。
6年生は、ミニバスに参加している子も多いので、かなり強いという前評判でしたが、結果は、惨敗。8試合やりましたが、1対16という点差が続出です。1試合だけ、数点差で負けた試合がありましたが、負けていながら「やったぁ!」の声。トホホ・・・です。試合が終わった後、「来年は勝とうな!」と言うと「来年は、ドッジボールにしようよ・・・。」
毎年行っている朗読放送。今年は、なにをやりたいか自分たちで決めさせました。宮沢賢治生誕100周年を記念して「セロ弾きのゴーシュ」「銀河鉄道の夜」などもでましたが、結局、教科書[光村図書]に載っていてみんなが知っている「麦畑」になりました。
麦の歌声を自分たちで考え、読み方、演出なども工夫しました。この時期、練習があまりとれないので、読みを深めるまでには至りませんでしたが、なかなかの出来映えでした。○○君の「と、ハリネズミ。」の一言が妙によくて、○○さん曰く、「う〜ん、森本レオのようだわ。」(ほめ言葉ですよ。)
卒業関連行事の中では、5年生にとっては、卒業式に次ぐ大きな行事です。主催は児童会ですが、6年生はノータッチですので、実質、5年生が動かなければなりません。各委員会ごとの仕事分担、学年での装飾・出し物、全校合奏・合唱での伴奏、6年生への招待状づくりなど、いくら時間があっても足りないくらいでした。それでも、子どもたちはよく考え、進んで行動してくれました。
学年での装飾として、6年生を描いたモビールを作りましたが、しっかり作らないとすぐにバランスがくずれてしまいます。それでも、できあがってみると○○先生[図工専科の先生]も「なかなかいいわね。」と誉めてくださいました。
うちのクラスでは、6年生を6名招待しました。「好きですか嫌いですかゲーム」をやったり、歌を歌ったり、短い時間でしたが、楽しく過ごすことができました。6年生も「おもしろかった。」と言ってくれ、小さな思い出になったことと思います。
・・・と、まぁ、ここ数週間というもの、子どもたちも忙しい日々を送ってきました。学習面でも、最後の仕上げとして、まとめのテストが続いたり、漢字ドリルのテストがあったり、はたまた、計算ドリルは、16日(土)までに終わらせなければならないし、そんでもって、まだ提出していないテスト直しをやらなくてはならなかったりと大変です。6年生を送る会を終えて、多少ともほっとしているところですが、すぐに、卒業式の練習、そして、5年1組最後のイベント「5年1組の教室さようならパーティー」もあります。すてきな5年生最後の日を迎えるためにも、がんばってほしいと思います。

学校目標、学年目標、学級目標を中心に、一年間を振り返りました。ご出席できなかった方には、資料をお渡ししましたが、あの文章だけでは、わかりづらかったと思います。簡単にまとめると、この一年間での子どもたちの変容は、大変大きかったということです。特に、高学年としての自覚を持ち、自分で考え、判断し、そして、結果はうまくいかなかったとしても、行動に表すことができるようになりました。「BAKU先生いじけてしまう事件」や「テニスボールリサイクル事件」など、最近のできごとをお話ししながら、一年間のまとめとしました。
この一年間、私が個人的に記録としてとってきた写真があるのですが、是非、ほしいというお声があり、○○さんのお母さんが、取りまとめて焼き増ししてくださることになりました。
1枚25円ですので、16日(土)までに担任までご注文ください。
16日(土)に、お菓子づくりの調理実習を予定しております。無理のない範囲で自由に計画させましたら、マシュマロ、バームクーヘン、お好み焼きなど、班ごとにいろいろ作るようです。材料等あまりお金を使わないように気をつけさせましたが、なにとぞご協力よろしくお願いします。
初めて、5年1組を受け持ったときに、こんな話をしました。
この一年間、子ども達は本当によく頑張ってきました。日を追うごとにクラスとしての絆が深まっていきました。互いに相手の気持ちを尊重し、それぞれの個性を認めあえるようになりました。もちろん、まだ幼い彼らのことですから、間違いや失敗はたくさんあります。けれども、そのようなときは、彼らなりに責任をとってきました。
そして、いつもひとつ空いている座席の友達のことも、口に出して話し合えるようになりました。自分たちは、クラスの友達として何ができるだろうか。どうすることが、もっともよいのだろうか。あまり、『学校に行こう』と言っちゃいけない。でも、それじゃ、いつまでもこられないんじゃないか。少しは言った方がいいんじゃないか。でも、4年生の時は、それでうまくいかなかった。けれど、私たちの気持ちを伝えなくちゃいけない。
幾度となく、意見が出され、否定され、また、意見が出され・・・。
このことについて、そう簡単に答えなどでないことは、子ども達もわかっていました。それでも、目に涙を浮かべ、必死に話し合っていました。
その話し合いの最後に、私は言いました。
子ども達は、少しずつですが成長してきました。それは、目に見えるほどの大きな成長ではなかったかもしれません。それでも、子ども達は、確実に成長してきたのです。
3月22日、修了式の日。まだ、25日があるのですが、卒業式当日は、あまり時間をとって話すことができませんので、5年生最後の話をしました。
何人かの子が、そっと名札を握りしめ、じっと見つめています。
子ども達の顔に笑みがこぼれます。これだけで答えは、十分です。楽しいこと、つらいこと、うれしいこと、悲しいこといろいろありましたが、それぞれが誇りと自信を持って、この教室に別れを告げることでしょう。

私自身、初めての高学年ということで、迷い、悩みながら18人の子ども達と一緒に過ごしてきました。その時、その時で、もっとも良い方法をと考えてきたつもりですが、つまづくこともたくさんありました。それをいろいろと支え、協力してくださった保護者の方々に感謝いたします。そして
一人一人の子ども達に、 心から拍手を送ります。 |
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